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浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)1257号 判決

原告

商工組合中央金庫

右代表者理事長

佐々木敏

右代理人支配人

平田哲夫

右訴訟代理人

鈴木清二

藤井冨弘

山本卓也

被告

田口武

右訴訟代理人

竹下甫

鮎京眞知子

主文

一  浦和地方裁判所が同庁昭和五七年(ケ)第三〇一号不動産競売事件について作成した昭和五八年一二月二三日付別紙配当表(一)を同配当表(二)のとおり変更する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1(浦和地方裁判所の本件配当表(一)の作成)及び同2(被告の本件仮登記の経由並びに工事請負代金三四五〇万円の債権計算書の提出)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因3について判断するに、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、トーエーハウジングに対し、昭和五五年一二月二三日、角丸産業及び訴外安西萬大良(角丸産業の代表取締役)の各連帯保証のもとに、転貸資金(角丸産業に対する運転資金)として金一億四〇〇〇万円を、弁済期昭和五七年二月二七日、利息年九パーセント、利息の支払方法昭和五六年一月二七日を第一回とし、以後毎月二七日に前一か月分後払い、損害金年(三六五日当り)14.5パーセントと定めて貸し渡し、ついで、(1)本件土地(一)について昭和五五年一二月二五日角丸産業との間で、また、本件土地(三)について右同日訴外田中幸一との間で右債権担保のための抵当権設定契約を締結したこと(なお、右土地(三)については、その後の昭和五六年五月一一日、田中幸一から角丸産業に持分二八九分の一八三が譲渡され、田中幸一の持分二八九分の一〇六については抵当権が解除された。)、ついで、原告と角丸産業との間で、右債権の追加担保として、(2)本件土地(二)について昭和五六年五月一一日、(3)本件土地(四)について昭和五七年七月五日、いずれも抵当権設定契約が締結され、原告主張のとおりの各抵当権設定登記を経由したこと(右各抵当権設定登記を経由した事実は当事者間に争いがない。)、そして、右抵当権の被担保債権及び原告の請求債権額は元金一億四〇〇〇万円、右元金に対する昭和五七年一月二八日から同年二月二七日までの年九パーセントの割合による約定利息金一〇五万円及び右元金に対する同月二八日から配当期日である昭和五八年一二月二三日までの年(三六五日当り)14.5パーセントの割合による遅延損害金三六九二万九三一五円、以上合計金一億七七九七万九三一五円になつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

次に、被告が角丸産業から、昭和五六年四月三〇日に本件土地の宅地造成工事を請負つたこと、被告が右土地(一)及び(二)について本件仮登記を経由したのは、被告が右宅地造成工事に着手した後(被告は右工事の完成に近い時期であつたという。)であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、民法三三八条一項は、「不動産工事ノ先取特権ハ工事ヲ始ムル前ニ其費用ノ予算額ヲ登記スルニ因リテ其効力ヲ保存ス」と規定し、この規定は不動産工事の請負人等が工事の費用について先取特権を取得するには、その工事開始前にその旨の保存登記をすることを要し、工事着手後にその登記をしても効力を生じない旨を定めたものと解するのが相当である。しかして、被告のなした本件仮登記は、前記のとおり、工事着工後になしたことが明らかであるから、右工事費用につき先取特権の効力を生ずるに由なく、したがつて、被告は原告の本件抵当権に優先して右工事費用の配当を受ける権利を有するものではないといわざるを得ない。そうであるならば、本件配当表(一)には、この点を看過して作成された過誤があり、別紙配当表(二)のとおり変更されるべきことになる。

三これに対し、被告は抗弁1において、原告の右配当異議についての主張は信義則に反して無効であると主張し、その理由として、原告は本件土地につき抵当権設定契約をした当時、右土地に宅地造成工事が行われることを前提としていたのであり、造成後の土地の価格から工事費用分を控除した残額から債権の回収をすることを検討していたのであるから、本件仮登記が工事着工後のものであつても、被告が原告に優先して工事費用の配当を受けることは、原告にとつて何ら不測の事態ではなく、原告の前記異議についての主張は、信義則上、民法三三八条の登記の欠缺を主張する実質的利益を欠くと主張する。しかしながら、仮に被告主張のような事情があつたとしても、被告は自ら本件造成工事の着工前に民法三三八条に定める登記手続を履践してさえいれば、その工事費用につき、それより以前に登記された原告の抵当権にも優先しうる先取特権を取得する

ことができたのに、これをしなかつたものであるところ、このような被告に対し、原告が自己の有する右優先権を犠牲にしてまで、本件配当表(一)につき前記過誤の主張をしてはならない立場にあるものとは認め難く、右主張をもつて信義則に反し、民法三三八条の登記の欠缺を主張する利益がないということはできない。

四次に、被告は抗弁2として、原告の前記配当異議についての主張は権利濫用であつて無効であると主張し、その理由として、本件配当表(一)によれば、原告が被告の先取特権を認めても自己の債権元本の大半を回収できるのに対し、被告の先取特権が認められないときは、その配当額が零になり、自ら投下した工事費用が回収できなくなつて不公平であると主張する。しかしながら、被告には右工事費用につき先取特権という優先権を確保する途があつたのに、これをとらなかつたものであることは前項において既に指摘したところであつて、その場合にもなお優先権を確保したと同様の効力を認めるよう求め、これに反する相手方の執行法上の権利主張を権利濫用となすことは、担保制度の性質上許されないものといわなければならない。このことは、右の結果、被告の配当額が零になる場合であつても同様であつて、原告の前記配当異議についての主張をもつて権利の濫用ということはできない。したがつて、被告の右抗弁は採用できない。

五以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(河野信夫)

物件目録〈省略〉

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